#2 長崎大学が目指すプラネタリーヘルス

渡辺 知保
長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科教授、プラネタリーヘルス学環長
公開日:

2023/03/17

ここ10年で急成長した新しい概念「プラネタリーヘルス」を長崎大学プラネタリーヘルス学環長の渡辺知保教授が紹介するインタビューの第2弾。今回はプラネタリーヘルスの実現に向けて必要なことを紐解いていきます。

ローカルからプラネットへレベルを拡大していく

長崎大学のプラネタリーヘルスに対するスタンスとして特徴的なのが「縦割り」というバリアを取り払っていることだと思います。

プラネタリーヘルスは多くの分野・領域からの参画が可能です。長崎大学では「いろんな分野の人が集まって知恵を出し合い、大きな課題に取り組んでいこう」というのが基本のスタンスになっています。

それともう1つ重要なのは、論文を書くような新しい知恵をどうやって現実の社会にうまく実装していくのかを考えるということ。そういう意味ではローカルにスタートしてプラネットに拡大していく必要がありますね、とそういう議論がなされています。

ローカルというのは必ずしも大学のある長崎市ということではありません。例えば、長崎大学にはアジアやアフリカに海外拠点があるし、留学生もたくさん来ているのですが、拠点や留学生の出身地などそれぞれの地域でもプラネタリーヘルスの実現に取り組めばいい。つまり、ローカルと言ってもグローバルでもあるということです。

世界中のローカルでそれぞれの課題を進めていこう、と。

そうです。海や火山といった豊かな自然と古い歴史のある長崎で取り組むプラネタリーヘルス、東京という非常に都会化・人間化された環境で取り組むプラネタリーヘルス、どちらにも意味がある。

ただ、ある地域の課題解決を考えるときにそこのローカルだけに注目すると、仮に上手くいったとしても、そこの独り勝ちになってしまって新たな問題を引き起こしてしまう。だからこそ、ほかのローカルとの連携や関係性を考えることが重要だと思っています。

プラネタリーヘルスマインドを持った人材の育成

長崎大学の取り組みとして「プラネタリーヘルスマインドを持った人材の育成」が掲げられています。プラネタリーヘルスマインドとはどのような意味合いなのでしょうか。

プラネタリーヘルスマインドは、特定の立場や既存の分野・領域にとらわれない複眼的視点で課題に向き合おうとする姿勢のこと。つまり、「しなやかな思考力」と「新しい知的探求への挑戦」を持った人材を育てていくことに長崎大学は力を入れています。

平たく言えば、自分が生きていく中で「これは地球とどういう関係があるんだろう」という考え方ができるということ。例えば、プラスチックごみの分別って普通は分別して出したかどうかまでしか考えないですよね。回収されたプラスチックがどうなっていくのか・・・正確なことがわからなかったとしても、そこに想いを至らせることができるというのがプラネタリーヘルスマインドだと思います。

そういった人材を育てるために取り組んでいることを教えてください。

まず、2021年度からプラネタリーヘルスの入門講座を1年生の必修科目としました。また、プラネタリーヘルスを体系立てて理解する参考図書がなかったため、ランセットの論文の著者らが中心になって執筆した啓発書の翻訳プロジェクトを立ち上げ。完成した翻訳本「プラネタリーヘルス 私たちと地球の未来のために」が2022年3月に丸善出版より刊行されました。

学生の活動への支援も行っていて、大学院でプラネタリーヘルスに関連がありそうなテーマに取り組んでいる学生を在学中サポートするという奨学金制度などがあります。学生が大学のプラネタリーヘルスへの真剣度を評価する国際的な取り組みである「プラネタリーヘルスリポートカード」にも医学部が参加して取り組んでいます。

実は、「プラネタリーヘルスリポートカード」は世界的には医学部のみの取り組みだったのですが、その存在を知った環境学部の学生が自分たちもやりたいとアクションを起こしてくれたのは非常に嬉しかったですね。

まだまだ取り組み自体は多くはありませんが、若い学生を育てることでプラネタリーヘルスを普及・推進し、長崎大学がプラネタリーヘルスのハブのような役割を果たしていきたいと考えています。

プロフィール
渡辺 知保
長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科教授、プラネタリーヘルス学環長
1989年東京大学大学院医学系研究科単位取得済退学。
2005年~2017年東京大学大学院医学系研究科・教授(人類生態学)、2017年~2021年国立研究開発法人・国立環境研究所・理事長、2021年より現職。東京大学名誉教授。保健学博士。日本健康学会・理事長(2017~2023年)、環境科学会・会長(2021~2023年)、日本学術会議第2部連携会員、Society for Human Ecology元第3副会長、Ecological Society of Americaヒューマンエコロジー部門元部会長も務めている。